02 「これからどうするつもりだ? イユ(これ)を放っておくのか、治すために動くのか。是非とも貴様の意見が聞きたいところだな」 ふっと視線を投げ掛けて、ユギは静かに言い募る。言葉をかけられたダリは僅かに眉根を寄せた。最終的決定権はどういうわけか、いつも彼に委ねられる。ダリはそのことをあまりよく思っていない。 自身の頭に手を伸ばし、指先を立てて数回掻く。 「あー……、そのまま放っておくと何が起こるかわからない分、危険だと思うが」 ため息を吐きながら呟くと、ユギが小さく唸ったのが聞き取れる。肯定している表情だが、何やら考え込んでいるようだった。 「僕平気だよ」 呪術にかけられた疑いがある当の本人は、幾分か余裕を持っていた。その証拠に、イユはアザだらけの腕をふらふらと振ってみせる。傷が癒えたとはいえ、奇妙なアザが堂々と居座っている彼の腕は痛々しく見えることに変わりはない。 「力になれなくてごめんね……」 そんな彼の服の袖口を掴んで、ぽつりと謝罪をするリラ。感情に呼応した耳は、相も変わらずヤナギの枝のように垂(しだ)れていた。 イユはリラを視界に入れると、ゆっくりとまばたきをする。彼女に掴まれた黒い上着の袖をじいっと見遣る。彼は、袖を握っている彼女の手に触れると、それをやんわりと引き剥がした。 「謝ることじゃない」 そうして、顔を背けて一言を吐き捨てた。 素っ気ない態度と物言いにリラは一度不安げな顔をするが、それは彼の根本的な性格であって拒絶を示していないことを理解するとほっと胸を撫で下ろす。 「でもなあイユ、今は平気だったとしても、いつ何が起こるかわからない以上放ってはおけない……のが俺の意見なんだが」 イユの視線はダリと交わる。何を言っても突っぱねられてしまうことを頭では認識していても、なんとか説得をしたいのがダリの本音だった。 彼は彼なりに、イユが不機嫌にならないよう下手に出て言葉を話した。言い終えてから顔色を伺うためにそうっと表情を確かめると、彼の努力は水の泡、イユは嫌悪を丸出しにした顔をダリに向けている。 「うるさい」 「相変わらず俺の言うことは門前払いだなお前」 聞く耳を持たない態度で言い捨てられ、ダリは苦笑しながら小さくため息を漏らした。 「でも」 しかしながら、納得がいかない様子ではあるものの、イユは小さく言葉を続ける。 「今回は、僕もそう思う」 平気だけど。言葉の終わりにそう言い放ち、左右で色が違う瞳にダリの姿を映した。 イユに賛同されることに慣れていないダリはといえば、唖然としたままぼんやりと口を開け、イユが言ったことを頭の中で再三繰り返すことに必死だった。 ああ言ってはいるものの、もしかしたらイユ自身、奇妙な妖狼に呪術をかけられたのかもしれないという可能性に不安を感じているのだろうか、とダリは思った。 「……呪術に詳しい者を一人知っている」 傍らのソファーに腰掛けながら言うユギに、目線が一斉に集められる。 けれどそんなことには慣れているのか、彼は一切動揺する素振りを見せずに一言「タイミングがぴったりだったぞ」と呟いた。 「北東にずっと進んでいくと湖がある。そこに河童が住んでいるのだが、なかなか奇嬌な術を使うものでな」 思い出しながら話している彼は、時折小さく微笑む。 「こいつなら治せるかもしれない。……治せなくとも、何らかの手がかりが掴める期待があると私は踏んでいる」 そう言うとユギは足を組み、頬杖をついてダリを横目で見た。視線に気づいたダリは反応して口を開く。 「そこに行けば良いってことか」 「そうなるな」 破顔したダリに返答したユギは満足げに微笑した。 「……ただ」 不意にユギが神妙な顔立ちになる。彼の言葉を黙って聞いている同胞は、一層聞き耳を立てる体勢になった。 「距離が遠いのだ。少なくとも日は跨ぐ故、野宿は避けられない」 数名が唸る。野宿と言えばまだ可愛いげがあるが、人や一部の人外から嫌われている黒兎が外界で夜を過ごすのは危険性が高かった。 だからこそ、悩む。いくら不死身に近い肉体を持っていようとも、特別な力を得ていようとも、あの凍てつくような視線と容赦ない攻撃は肉体的にも精神的にも堪える。 「行く者がいないなら私一人で行くが、どうする?」 ユギは問いかけて、ふっと仲間の様子を見回す。各々が思案している状況は、自ずと静寂を運んでくる。 「僕の問題だから、僕は行く」 しんと静まった中、落ち着き通したイユの声色が響いた。ユギは小さく頷く。元より彼のことは強制的に連れていく予定だったのだろう。 「じゃあ僕も行くヨ。だって面白そうだしネ!」 イユが言い終えると同時に、ルダは卑しげな笑顔をたたえて言った。にやついた口元は弧を描いている。 ユギは目を細め、声にならない声を喉の奥から吐き出した。 「三人いれば十分だ。このメンバーで行こう」 彼の言葉に同意した六名は、同じタイミングでこくりと頷いた。 |